「人間は常に過去に学んだ経済理論の奴隷である」とは、古くさい経済理論への思いこみをいさめた警句であるが、日本の景気対策をめぐる議論を聞くにつけ、今さらながらこの言葉が思い起こされる。
いま日本で景気対策について為されている議論とはだいたい次のようなものだ。曰く「景気の回復感が今ひとつ感じられない。景気対策が必要だ。一方で積み上がる財政赤字はゆゆしき問題だ。しかしいま財政再建に手を着けると、ただでさえ弱い景気を更に冷やすことになる。それは経済理論が教えるところだ。経済学の教科書には、Y (GDP )=C (消費)+I (民間投資)+G (公的支出)とある。Gを減らすと同じだけY は減るので景気は悪くなるのだ。よって財政改革は景気が十分に良くなるまで待たねばならない」というものである。
この理屈は簡単であるだけに説得力があって、いままで財政再建は先送りにされ、ゼロ金利とともに公共事業中心の景気対策が継続されてきた。でも一向に自律的な景気拡大は始まらず、財政赤字は信じられないほどの大きさにまで拡大してしまった。今月発表された国際決済銀行(BIS )の年報はこの点を鋭く批判している。日本経済の低迷の「ただ一つの最も深刻な構造問題」は「弱い個人消費」であると指摘し、さらに「このままのペースで財政赤字の拡大を続けることは不可能(アンサステイナブル)」と、景気対策による政府財政の悪化が、雇用や年金受給に対する不安を強め、個人消費を萎縮させているとの見方を示している。
どうやら、いままでわれわれが正しいと信じて疑ってこなかった教科書そのものを問い直すべきときが来ているらしい。その意味で今般発表された富士通総研の絹川真哉氏による分析がとても興味深い。絹川氏は「構造的時系列モデル」という一般的な需要モデルに替わる新しいツールを使って日本において財政再建が短期的にも景気を刺激する効果があることを明らかにしたのである(FRI 研究レポート、May2000 )。われわれはこの研究成果を歓迎するものである。われわれ生活者の実感にきわめて近いものであるからだ。
多くのアンケート調査でも消費者の多くが消費支出抑制の理由として雇用、年金受給などにおいての将来の不安をあげている。将来不安が続く限り節約し貯金すること以外に何が自分の老後を保障してくれるというのか。国民がそう思えばこそ、一向に個人消費は伸びず、逆に実質値ではこの数年大きく減少し続けているのである。景気がいつまでたっても起爆しない根本的な理由はここにある。
いままで長い間、政府は在来型の景気対策を続けてきた。われわれはじゅうぶん待った。理論的な裏付けも、国際的機関からの外圧という大義名分も整った。「押してもだめなら引いてみな」という唄もある。いまやゼロ金利から脱却し財政再建に取り組むことことを考えるべき時ではないか。ひょっとしたら景気はいっぺんに良くなるかも知れない。「熱田津(にぎたづ)に船乗りせむと月待てば、潮もかなひぬ、今は漕ぎ出でな」(額田王)
(橋本尚幸)